GW中は実家のある栃木県に帰省していました。
栃木県に行くことは毎回楽しみにしているのですが
じつは今回ばかりは帰るのを少し躊躇していました。
綺麗だなぁ。。。
3月にあった地震がうそみたいだ。
うそじゃないんだけど。
ここの水は「名水100選」に選ばれたこともあり、
遠方からもわざわざ水を汲みにくる人々が絶えないんですよね。
口にすると、とても滑らかなのです。
この水を飲むと、普段飲んでる水道水やペットボトル水が
いかに「のどにつっかかる」感じなのかわかると思います。
こんなにおいしい水が汚染されているんだろうか。。。
というか、空から降ってくる放射能より
この森が自然のパワーのほうがまだ、力強いんだろうな。
それともわたしの思い込みなのか。。。わからない。
今後雨水が地中にしみ込み、長い時間をかけて汚染されて行くのか。。わからない。
綺麗な森の中を歩きながら思いました。
近所の原発被災地の土壌には1平方m辺り300万ベクレルもセシウムが
検出されたと。とっくにチェルノブイリ級の事故(人災?)になってる。
(チェルノブイリ=最高148〜380万ベクレル)
あれから20年がたったけれど、その後どんな問題が被災地で起こったか知ってる。
日本は放能汚染との長い長い戦いが始まったんだな。
被災地がふるさとの人たちは悔しいだろうな。
こんなに綺麗な森や水を汚されて行くのだから。
バカだよなぁ人間は。
ごめんなさい本当に。
水や木に話しかけながら(←心の中で)歩きました。
つがの里にて
寒いので、東京では散ってしまった八重桜がまだ咲いているのです
そういえば実家に戻ったときに読んだ読売新聞
時代の証言者という記事で
京都の桜守の古老のインタビューが載っていたのだけれども
阪神淡路震災が起こる1週間前
井戸の水が「すぅっと」枯れた、という前兆。
「東北の古老ならば今回の東日本大震災の前兆をつかんでいたのではないか」
と、言っていたことが載っていた。
そして阪神淡路震災の起こる前年、種から育つ「実生」が妙に赤かった、と。
昨年の「実生」も赤く、「こんなときにはなにかが起こる」と感じていた、と。
東北にこそ古老がたくさんいるような気がする。
自然観察に精通した人々が。
誰もなにも気づかなかったわけではないと思う。
気づいていたのだけれども、
警告を発したその声は簡単に周囲の心ない人々によって
打ち消されてしまったのではないか?
老人より若者(中年?)が優先
弱者より権力者が優先
命よりも経済力が優先
たぶん、そんな世の中で自然が忘れ去られてしまったのだと思う。
うまくいえないけれどこのままそんな世の中が続いて行く限り
自然災害は人災によってますます悲惨なことになると思う。
3月の地震は、時代の合流点で起こったもので
これからどちらの方向へ流れて行くのか
この時代に生きてる人たちは責任重大だな。