ぐるぐるぐるめ♪

栃木県産。東京→奈良→静岡→ふたたび東京、たま〜に海外旅行、食べある記。10年以上書いてますので、すでに閉店しているお店もありますがご容赦を。

風立ちぬ、いざ生きめやも

夜8時過ぎからの回にも関わらず映画館は観客で一杯だった。
夏休み、ジブリ映画だけれども子供の姿は(あまり)見えず。
7月20日に公開された映画風立ちぬ

小学生のときにナウシカを見て以来、30年近く。
そういう世代の人達にちょうど良い映画なんじゃないかな。




以下に貼付していく画像はすべて、平成元年に亡くなった、
私の祖母の部屋で見つかった遺品の一部。




冒頭、大震災から映画は始まる。
「〜時代」とか「〜年、何月、何日」「これが有名な〜事件である」といった
現代人による後世からの視点や、説明はいっさい無いので
震源地と、自分の数少ない近代史の知識をフル回転させると
それは関東大震災だということがわかる。物語は大正時代末期から始まるらしい。
のちに戦闘機を設計することになるこの映画の主人公はこの時まだ学生。
そう、ちょうど祖父母の世代のひとなのだ。



私にとって「戦前」というのはブラックボックスだ。
どう見ても狂気の沙汰としか思えない選択肢(戦争)を
何故その時代の人達は止めなかったんだろう。



戦前に、選挙権のある大人として生きていた年代の人に直接聞いてみたい。
けれども、そんなものごころついた時にはその世代の人々は私の周りには
いなかった(なくなっていた)ので謎のまま。



太平洋戦争中、マレー半島で日本軍が使用した軍票(1942年)

100ドル相当なんだけど、敗戦時に無価値になったものだ。




大震災
銀行で取り付け騒ぎが起こる
就職難で田舎から都会に求職にいく人々。



遠い時代のように見えて、すぐそこにある風景。
この時代に生きた人々と、今の私たちは地続きで生きている。



そんな不安な時代の中で航空機製作所に就職した
主人公の夢は「美しい飛行機を作ること」だった。




これもうちょっと改良するとナウシカが乗っていたメーヴェみたいな白い飛行機だな。。。
とか
ハヤブサの二号機を作りましょう!」この台詞を
(主人公の声を担当する)庵野監督が言うと、もうあの赤い弐号機しか想像できない!
とか
この広い田んぼと山のどっかにメイとサツキをくっつけてトトロが飛んでないか〜
とか
(あいかわらず空と風景描写が美しいなぁジブリは)




こっちも30年間で余計な知恵が付いちゃってるけど
近代史の知識も多少は付いているから
満州に兵を進めて国際連盟を脱退して」
アメリカと中国と。。<略>。。ソ連と戦うんだろう」
という劇中の台詞で日本がどれだけ詰んだ状態なのか想像できて背筋がゾワゾワする。
もう既に引き返せないところまで進んでるんだ。
あいかわらず時代(時間)の説明はいっさい無いけれど、
それがかえって時代の臨場感を感じさせる。




上:十銭紙幣:戦後の1947年。デザイン:鳩
真ん中は五銭紙幣 戦後の1948年。デザイン:戦前は楠木正成だったものが梅に変わっている。
下:終戦9ヶ月前の1944年11月発行の十銭紙幣。デザインは八紘一宇塔。
つまり終戦を境に五銭紙幣の図案は楠木正成→梅、十銭紙幣は八紘一宇塔から鳩に変更されている。
注:占領下では紙幣の図案についてはGHQの許可が必要になっている。




上:戦後(1948年)に発行された五十銭紙幣。インフレが進み、硬貨が足りなくなったため紙幣が発行された。デザイン:板垣退助
下:靖国神社 政府紙幣50銭 (昭和17年発行)
注:50銭は戦後、いったん紙幣から硬貨になったのだけれども材料が足りなくなって、硬貨が作れなくなったらしい。
注2:戦後の5年間で物価は100倍上昇。100円ショップが10000円ショップになるようなもん!?





あと冒頭の主人公の妹もほたるの墓を連想して背筋がゾワゾワする。
この幼児、映画の最後まで生きていられるかなぁ?戦争映画にありがちな
爆弾が落ちてくる中、この子が逃げ回るのを見る羽目になるのかな?
でも、そんな心配は杞憂だった。
この映画には視覚に訴える直接的な残酷なシーンは、いっさい出て来ない。
そのかわり、別の意味で残酷なテーマが浮かび上がってくる。




主人公の夢は白いメーヴェ(カモメ)のような
流線型の軽量の飛行機を飛ばす事。
けれども戦闘機として開発するので機関銃を搭載しなければならない。
機体が重くなってしまうので、それは不可能。



主人公の夢の中で美しい飛行機が向かうのは青空。
現実で戦闘機のテスト飛行をするときは雨。
主人公の心象風景を表しているのかもしれない。



残酷なシーンだな、と思う。誰かが死ぬ場面がことさら強調されたわけではないけれど
美しいはずだった夢がひどい方向へ現実化してしまう。
皮肉にも名前に「ゼロ」がついた飛行機は、
人の命の価値まで「ゼロ」にしてしまった。
(主人公は零戦を設計した実在の人物がモデルになっている)




人の命よりも大切なものがあると強調されるとき、
いったいどんな言い訳が使われていくんだろう?
どうやってそれは発表され、流布して「常識」になっていくんだろう。
現代でいったら、たとえば「断層じゃない」と言い切るとか「経済の方が大切」と言うとか。

武内宿禰 1円 昭和19年(1944)発行



現代でいったら、
きれいな白い砂浜を潰して基地を作るとか、そんな考え方をする人達に
投票した覚えはないのに、なぜだか世の中はその方向へどんどん進んで行くとか




和気清麻呂 十円紙幣 昭和18年発行



もしかしたらこれから
長年のわたしの謎は解けるかもしれない。
戦前の人達に質問しなくても。
後世の人達から見たら、今の私たちの時代も「けっこう詰んでる」状態かもしれないし。




上:戦前の1円紙幣:デザイン:武内宿禰
下:戦後の1円紙幣:デザイン:二宮尊徳
戦前の紙幣は粗悪品なのか全体的にボロボロなのが印象的。



この映画はいろいろな視点からのいろいろな感想が
ネットでは上がっていて、意見もいろいろあるらしい。
わたしの感想は、たぶん偏っている。
この世で一番残酷なことが何かこの映画でわかった。



ひとりの体にひとつの命。
その命を存分に使って、人は自分のやりたいことをやるために生まれてくる。
絵を描くためでもいい、いろんな人と会うためでもいい
何かを作るためでもいい、子供を育てるためという人もいるかもしれない。
それは各人自由なのだけど、



大きな権力によってみんな同じ方向を向かされ
ある1つの生き方が強要されて、
それ以外の生き方、考え方が認められない状態が一番残酷なことに見えた。



この映画のなかでも「思想犯としてつかまる」という台詞が出てきたから
大きな権力にとって「望ましくない」考え方をする人達はどんどんつかまってしまったのかもしれない。



あとは、せっかくの素晴らしい技術と努力を戦闘機にしてしまったことかな。
戦争のたびに技術は進歩するという皮肉もあるけれど
もっと違う事に使えないか。
たとえばこの映画でいったら結核を患うヒロインもいるのだから
特効薬を開発するとか、そういう方向に。
(結局ストレプトマイシンが輸入されたのは戦後になってからだった)


自分の夢が戦闘機という現実に結実してしまう主人公
これといった治療薬の無いまま結核が進行するヒロイン
「国ひとつ滅ぼしたんだもんなぁ(台詞)」と言われる戦争を引き起こした国


重い宿命から誰も逃れられない。けれども
そんなさなかにも人間は幸せを感じる事ができる。
人間って強いなぁ
心は宿命から逃れる事ができるんだ。



追記:
少し気になった点は、
戦争のさなかでも別荘地で酒を飲んで煙草を燻らせることができた人々がいたということ。
大人になった主人公も基本的にこのポジションのエリートだ。
映画の冒頭の描写で出てきた汽車で「1(2)等車」とそれ以外の一般車両があるように
恵まれた1等車両に乗る立場の人々の視点から「あの時代」を描いているのが
気になるといえば気になるかもしれない。
けれども返ってそのポジションが、終戦から68年後の現代人でも主人公に共感しやすい視点になっている。
結局、身を以て太平洋戦争を知ることがなく、想像する事しか私たちにはできないのだから。
映画中盤で主人公が食べ物を恵もうとした貧しい子供達はあれからどうなったのだろう。
空襲から逃れられたのだろうか?それこそあの戦争の「現実」だったんじゃないだろうか。





おまけ画像

?おばあちゃん、なに時代に生きてたの? 化石?
これアンモナイト?~(・・?))アレ?貝?
なんで押し入れに入ってるのこれ?
軍票と化石の両方をとって置くおばあちゃんが私は好きだ〜